2012年01月24日
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2010年02月04日
美しい夢
今日、美しい夢をみた。
とても美しい夢。
そこは海辺のコテージで、私はテラスから海をみている。
光がとても暖かくて、目の前には青い海と白い砂浜だけが広がっている。
聴こえてくるのは、風と波の音だけ。
私は私と仲良しで、とても満たされていた。
するとやがて、たくさんの生き物たちが海を渡っているのに気がつく。
キリンやゾウたちが長い列をなして、左から右にただただ泳いでいく。
とても静かで、とても美しい風景。
私はその流れに魅入られていた。
しばらくすると、列から少し離れたところでバクが一匹泳いでいるのを見つける。
私はそれをみて、隣にいる彼に「ねぇ、バクも泳いでるよ!」
なんて話しかけている。
そこで目がさめた。
朝おきたら、久しぶりに天気も良くて、とても幸せな気分になった。
さっそく隣に寝ている彼に「ねぇ、こんな夢をみたの」なんて興奮気味に話したら、
「本当に美しい夢だね。鞄まで泳いでるなんてすごいね」なんて見当はずれなことをいう!
どうやら「バク」と「バック」を聞き間違えたみたい。
「バックじゃなくてバクだよ!」って何度言っても
「バクってなんだっっけ?」なんて、嗚呼、現実は夢よりこんなにも美しくない。
私の説明も、「豚みたいな体に、アリクイみたいな鼻があるやつだよ・・」
なんてさっきの美しい夢はどこへやら。
でも現実は夢よりは美しくはなかったけれど、夢よりも温かかった。
仕方ないから、今度彼を動物園に連れて行こう。
とても美しい夢。
そこは海辺のコテージで、私はテラスから海をみている。
光がとても暖かくて、目の前には青い海と白い砂浜だけが広がっている。
聴こえてくるのは、風と波の音だけ。
私は私と仲良しで、とても満たされていた。
するとやがて、たくさんの生き物たちが海を渡っているのに気がつく。
キリンやゾウたちが長い列をなして、左から右にただただ泳いでいく。
とても静かで、とても美しい風景。
私はその流れに魅入られていた。
しばらくすると、列から少し離れたところでバクが一匹泳いでいるのを見つける。
私はそれをみて、隣にいる彼に「ねぇ、バクも泳いでるよ!」
なんて話しかけている。
そこで目がさめた。
朝おきたら、久しぶりに天気も良くて、とても幸せな気分になった。
さっそく隣に寝ている彼に「ねぇ、こんな夢をみたの」なんて興奮気味に話したら、
「本当に美しい夢だね。鞄まで泳いでるなんてすごいね」なんて見当はずれなことをいう!
どうやら「バク」と「バック」を聞き間違えたみたい。
「バックじゃなくてバクだよ!」って何度言っても
「バクってなんだっっけ?」なんて、嗚呼、現実は夢よりこんなにも美しくない。
私の説明も、「豚みたいな体に、アリクイみたいな鼻があるやつだよ・・」
なんてさっきの美しい夢はどこへやら。
でも現実は夢よりは美しくはなかったけれど、夢よりも温かかった。
仕方ないから、今度彼を動物園に連れて行こう。
at 00:23|Permalink│Comments(1)
2008年06月23日
万物ハ流転ス!
皆様、お久しぶりでございます。
ブログを更新する気力もないくらい日々はめまぐるしく移り変わり
気が付けばいつのまにやらもう6月。
万物ハ流転ス!とはよくいったものですが
その流転の最中にいるときは、まるで出口のない渦潮の
中にいるようで、いったいどれだけの時間がたてば
そこから抜け出せるのか検討もつきませんでした。
非常事態なのにいつまでたっても非常口の明かりは灯らず、
まして白馬の王子様なんて現れるわけもなくて、
誰に何を求めるでもなく、ただ自分の心を小さくして
出口がないなら一生このまま苦しむがいい!なんて
半ばやけにも、あるいは無気力にもなりながら
日々をグルグルと流れておりました。
しかし、永遠に出口がなさそうにみえたのはやはり私の幻想で、
日々とは、確実に移り変わっていくものです。
それは悲しくもありますが、また少し優しいものでもありました。
それでも今はまだ暗闇のほうが自分に優しいわ、なんて
うっかりポエティックな台詞を吐きそうになりますが、
そもそも光と闇にわけること自体がおかしくて、人生とは
その濃淡を行き来しているだけにすぎないのかもしれません。
そのどちらがいいとか悪いとかではなく
とにかく今を大切に、堂々巡りを何十回繰り返したっていいから
最終的には『嗚呼、素晴ラシキ哉、我ガ人生』なんて
しんみり自分に浸りつつ、その濃淡に染まっていければ
それでいいのだと思います。
人生って本当になんて面白いんだろう。
とりあえず元気で生きています。
at 19:03|Permalink│Comments(3)
2007年10月09日
25歳の感謝と憂鬱
突然ですが、このブログは2004年6月9日から始まっているらしく、
書いた記事の総数は全部で273個。
その中で自分の誕生日に関して書いた記事は2回ありました。
2回。
その数の、少ないようで
いかに多くのことを私に物語ってくれることでしょう。
1回目の記事は2004年9月28日の火曜日。
22歳の誕生日は偶然にもアインの練習日で、
メンバーにサプライズで祝ってもらえました。
それは、それまでの自分にとっては奇跡にも等しい出来事で、
本当に本当に嬉しかったことを覚えています。
タイトルからして「生きててよかった」なのだから
かなり興奮していたのでしょう。笑
>人生すてたもんじゃないですね。あー、生きててよかった。
なんて、生意気なこと言っていますが、
きっとキーボードを叩く指先にいつもよりもかなりの力を込めて
カタカタとこの時の記事をかいていたであろう自分に、
今だって心から「よかったね」といってあげたいです。
みんなありがとう。
2回目は2006年11月14日のこれも火曜日。
私は23歳を通り越して、24歳になっています。
時期が9月28日からだいぶ遅れているのは
大学を卒業して、家族の生活時間帯が
全くあわなくなってしまったから。
この頃、私は家をでて都内で一人暮らしをしていました。
いろいろなことが身の回りに起こり
自分の誕生日を当たり前に祝ってくれる家族の存在は、
実は全然あたりまえの存在ではないということを心から感じて
私は始めて誕生日で泣きたい気持ちになりました。
>神様
>この広い宇宙で
>再び出会わせてくれて
>本当にありがとう
という感覚は、今も何度も何度でも、
繰り返し自分の胸につきささります。
そして、3回目となる2007年10月9日の今日も、また火曜日。
あれからまた1年が経ちました。
25歳の幸運な私も、私が愛し
また私を愛してくれる大切な人たちから
「おめでとう」の言葉もらえました。
私の存在を祝ってくれるなんてなんて嬉しいことなんだろう
と、今も心からそう思います。
そして「生きててよかった」ではなく
「生まれてよかった」と思わせてくれた、あなたにありがとう。
あとそうそう、もしこのブログを読み、
「あ、しまった、言い忘れた!」と思ってくれる方がいるのだとしたら(笑)、
そう思ってくれるあなたにも、ありがとうを言いたいです。
みんな本当にありがとう!
「24」という数字はなぜか昔から好きだったので、
24歳という年は確実に何かが起こると思ったし、
事実その予感は的中しました。
でも、私の好き嫌いとは関係なしに、
相も変わらず日々は過ぎ去り、私ももう25歳。
実は25歳のイメージってまだよくわかりません。
まるでどこか特別な場所にたたされているようで、
もう25歳のワタシと、まだ25歳のワタシが
入り混じったような、不思議な感覚。
ここからどこに歩いていくのかまだよく分からないけれど、
なぜだか次に踏み出すこの一歩は、
とても現実的な一歩となるような気がします。
24歳の時に感じたような「予感」を感じることは
ないのだけれど、でも今、そのぶん自分の足元をみて
しっかりと歩いていけるように思います。
ハッピーバースディ、そんなワタシの25歳。
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at 02:12|Permalink│Comments(6)
2007年07月21日
私の小さなボーイフレンド
この前、お仕事で一時保育に行きました。
保育するのは2回目の4歳の男の子だったのですが
1回目が終わったときから、私はこの日を待ち望んでいた。
本当にかわいい子で、彼といると、最近何をするよりも
一番楽しい時間を過ごしていることに気がつかされます。
「先生さようならー」
ろくに後ろも振り返らないで、外へと駆け出して行く彼。
そしてすぐに私のほうを振り向いて
「ねぇ、フローレンス、かくれんぼしよう!」
の一言です。
そう、先生が私のことを「フローレンスからきた大野さんよ」
と最初に紹介したら、なぜか私のことを「フローレンス」
と呼ぶのです。なんてかわいいの。
ずっと、あなたのフローレンスでいさせてほしい。
いーち、にーぃ、さーん・・・私は目を閉じて数を数えます。
そして、目を開けると、なぜか
私の目の前にいる彼。
思わず「みつけたー!」と、ぎゅーっと抱きしめると、
声を出して喜んでくれます。
その後、公園で1時間あまりも遊んでしまいました。
彼が帰りたがらないので、うっかりお父さんかお母さん
先に帰ってきてしまったらどうしようと、
実は最後の方は気が気じゃなかった。
結局、どうしても帰りたがらないので、
彼をかかえて、思いっきり幹線道路沿いの歩道を走る私!
人の目も、「ねぇねぇフローレンス。もう一回やってよぉー」
の声には勝てません。
そして家についたら彼のおうちで保育開始。
着いたときにはもう8時をすぎていたから
急いでご飯を温めてあげました。
その日のご飯は麻婆豆腐。
「あ!まーどーぼーふ!」
と、嬉しそうに叫ぶ声を聞き、
私が吹き出したのはいうまでもありません。
ご飯を食べ、片付けが終わったら第二ラウンドの始まり。
ぐるぐる回したり、車のおもちゃで遊んだり
本当に本当に至福の時間です。
しかし、ふとと気がつくと急に黙り込んでしまう彼。
いったいどうしたのかと尋ねても、返事はありません。
ねぇ、どうしたの?大丈夫?どこか痛いの?
そしておもむろにでた、衝撃の一言。
「ねぇフローレンス。あの玄関にいる人はだれなの??」
・・・。
・・・・・・。
うぎゃぁぁぁぁぁぁーーーー
ちょーーーーーーーーーこえーーーーーー。
何か見えんのかな。
ってか、何かいんのか!?
それってやばいんじゃないの!!?
ってゆーか、すごい怖がってるんですけど。
もう、数秒間頭真っ白。
彼が部屋中の電気をつけ始めるので、
いよいよリアリティがましてきました。
仕方がないので、だっこして
必殺兵器「しまじろう!」
でも、私が自分の怖さを紛らわすために
本気でしまじろうの世界に入り込んで
必死で平和の賛歌を歌っていたことは間違いありませんでした。
子どもが「見えないお友達」を持つという話はどこがで
聞いたことがあるけれど、
まさかこんなところで出会えるとはね。
ねぇ、私の小さなボーイフレンド。
もし私にもその友達が見えたら、
もっとうまく君を守ってあげられるのに。
だから、お願いフローレンス。
どうか私と一緒に、彼と、彼を怖がらせる友達を
やさしく包んであげてほしいよ。
at 22:34|Permalink│Comments(2)