2006年11月17日

新聞屋さんに感謝

私は現在、某新聞をとっています。

一人暮らしを始めた当初は、新聞を読む習慣もなければお金もなかったので
「勧誘には絶対のらない」と心に決めていました。

でも月1000円というありえない甘言をささやかれて
あっさりとOKしてしまった私は、こんなにも現金な人間です。

始まりはいつもこんなもん。

でもおかげで毎日新聞読むくせがついたし、
新聞から学ぶことは本当に多いし
何よりとても面白い。

読んでいるだけで、少し頭良くなった気にまでさせてしまうから
新聞は偉大です。


だから月1000円なんていわないで、
ちゃんと4000円を払ってあげてもいいんだけど
向こうが毎回「1000円でいいから更新してください」というので
あえて「いえ、今回からは4000円でいいですよ」とは
貧乏学生にはいえないのでした。ごめんね。


そして今日はさらに大量の粗品をもらってしまった。

pict0088.jpg

・トイレットペーパー4個
・ゴミ袋 たくさん
・飲み物 たくさん


これって普通にかったら絶対2000円くらいしますよね。

「はい、これどうぞ。僕、女の子には甘いんですよね。はは」

なんてニコニコしながら笑うSさんの笑顔が
私にはまぶしすぎてみられませんでした…。

契約を更新することは分かっているのに、
「12月はやめるお客さんが多くて、お店が潰れるか
潰れないか本当につらい時期なんです」なんていわれると
本当に大変なお仕事なんだな、と思ってしまう。


与えれば与えるほど欲張りになっていく
お化けみたいな、この消費大国相手に
ペン一本で闘う勇士達の、なんと愛しいことか。

Sさんをはじめ、記者さん、配達員さん、回収員さん、リサイクル業者さん

めくるめく情報を私に毎日留めてくれる、
その全てに関わる人たちに感謝します。

どうもありがとう。

そして粗品をありがとー。笑


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2006年11月14日

透明度

ものすごくキレイで透明度のある文章を書く人に出会った

私の体内の70%を占める水のような文章を書く人で

その純度が、私にとても心地よい


そんな文章を書く彼女に、改めて出会った気がする

同じ人間に二度も会えるなんて、なんて幸せなんだろう


個人的な知り合いだから、直接ここには紹介はできないけれど
彼女の透明度に触れているうちに
自分自身も透き通っていくようでした

私に、偶然にも彼女と同じ素敵なコトが起こったので
せっかくだから書き留めておこう

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2006年11月02日

破滅への道

痛い。痛すぎる。

今日、地元で運転免許の更新にいってきました。
前回は二俣川にいったけれど、
今回は地元でサクッと済ませることにした。

ソコニ、コンナ、落トシ穴ガ、アッタトハ…
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2006年10月29日

ワイルド・スワン

「ワイルド・スワン」という本をご存知ですか?

激動の中国を生き抜いてきた親子3代の史実です。

一行で書こうと思えばできてしまうこの説明の中に、
一体どれほどの痛みが沁みこんでいるのか
いくら想像しようとしても、ただ胸が引き裂かれるばかりでリアリティが全くない。

私がこの物語に関してあれこれ意見を述べるなんてことは
とてもできないけれど、ただ思ったのは、
無知とは本当に恐ろしいということです。

「何もしらない。だから知ろうとすることが大事だ」

なんて今までは思っていたけれど、
実はそう思うことで、私はむしろ本質から遠ざかっていたのではないだろうか。

自己満足で終わらせないためには一体どうしたらいいんだろう。
それを考えることでまた本質から遠ざかりはしないだろうか。

そんなことがぐるぐる頭を巡りはじめる。



昔から歴史は大好きだったけれど、
その理由はそこにロマンがあるからで、
実際の授業は「○○年に××で△△が起こりました」
というものの繰り返し。
だから一夜漬けで詰め込んだ即席知識は、
今も私の中に古ぼけた「点」としてしか残っていない。


でもそうじゃない。

私が今ここにいることはそうことでは全然ない。


いまさらだけど、初めて歴史とは「線」であり
その線は他でもない、この私に続いているのだ
ということを実感しました。


大切なのは、「真実を知ろうなんて格好つけた姿勢ではなく、
たった一冊の本を手にとる行動なのだ」と、
当たり前のことを改めて考えさせられた。


今回この物語の語り手であるユン・チアンという女性の目を通して、
彼女たちの人生がどういうものであったのか、
どのような時代を生き抜いてきたのか、
短くない時間の流れの中で、
一つの視点からみることができました。

この物語にこんなにも惹きつけられたのは、
それが現実に起こったことであるということと、
極限状態の中でも決して屈しない人間の強さ、
愛、崇高さを語っていたからです。

そして最後に一つの問いかけ。

もし本の中に書かれているような状況に私が直面し、
人間らしい生活のすべてを剥奪されたとしたら、
最後に私の中にも残るものはなんだろう。
果たして何者にも奪いされることのない何かが
私の中にも残るのだろうか。

答えはまだわかりません。


でも想像することが逃げないで、
彼女たちの経験が私にうったえかけてくる声に耳を澄まし
DNAよりも、魂よりも、深く深く
心に刻みこみたいと思います。


・・・と、この文章もずいぶん前に書きました。
本を読み終わったばかりで、幾分か温度が高めですが、

ようは何がいいたいかというと、

「オススメの本なので、是非読んでみてくださいまる

ということです。

我ながらずいぶん熱く語ってしまって、すいません。笑


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2006年10月28日

永久運動する好きと嫌い

突然ですが、「啓示」という単語を辞書で調べると、
以下のようなことがでてきます。

-------------------------------------------
けいじ 0 【啓示】
(名)スル
(1)明らかに表し示すこと。
(2)人の力では知り得ないことを神が教え示すこと。
-------------------------------------------

ここに書いてあるとおり、普通、啓示とは
自分の能力や判断を超えた力によって、
なんらかの気づきが与えられることで、
どちらかといえばオカルトちっくな文脈で使われることが多いと思う。

でも今日、ソレは神からだけではなく、
生身の人間からも与えられることを、改めて実感しました。

幸運なことに、私には困ったとき、
いつも非常に建設的な助言を与えてくれる人がいます。
でも、助言は助言であって啓示ではない。

今まではそう思っていました。

でもそうじゃなかったのです。

というのも最近、彼の助言をするタイミングが神がかってきたからです。
私が一番ほしいときに、必ずソレはむこうからやってくる。
何も言ってないのに、どうしていつもわかるのか。

「彼は一体何者なんだろう」なんて、それこそオカルト的な領域に
踏み込みそうになったけど、そんなんじゃなくて、
ましてや何者でもなんでもなくて、ただ単に本当の意味で人を
大切にできる人なのだと思いました。


・・・と、この文章を書いたのは少し前のことですが、
人生はやはり人との出会いだと改めて思います。

彼が私にとって啓示的人間だからって、別に彼を
崇めているわけではないし、ましてや、いつもは刑事みたいに怖いので
なかなかこの気持ちを持ち続けることは難しいけれど、
彼への感謝を再び忘れかけていた今、昔のメモを見たのも
きっと何かの縁なので、この期にアップしてみます。

振り返ってみると、そこには確かに「想い」があった。

本当だったら自分に啓示を与えてくれるような人間は
いつも変わらず「好き」なはずなのに
どうしても手放しで「好き」といい続けることができない。

どうしてなんだろう。

もしかしたらそれは、自分の中にある何かが
彼の中のある種の「原型」を切望しているからなのかもしれません。

こういう言い方って難しいかな。

つまり体の奥底にある自分の肝のような部分が
ただそうなりたいのだと私に訴えてくるのです。
だから彼ではない自分が時々すごくもどかしい。


そういえば昔、もう一人だけ同じようなことを感じた人がいました。
こういうのって、あるいは「ただ単純に君の事すきなのさ」的な
世界なのかもしれません。笑

好きだけど、嫌い。
嫌いだけど、好き。

こんな永久運動みたいなシンプルな想いが
今日も行ったり来たりです。


at 15:36|PermalinkComments(3)