2005年07月23日

気が付けばそこにあるもの

ちょっと前の話ですが、海の日を含む3連休は、逗子に帰りました。
久しぶりに家に帰り、とてもゆっくりとした時間を過ごすことができました。
何より愛猫に再開できたのが嬉しくて、嬉しさのあまり本気で目が潤んでしまった。
人は本当に好きなものを前にすると、むしろ泣きたくなってしまうのかもしれません。

さて、帰宅したら、日曜日も働きマンのお父さんが、私が小さかったころのビデオを
DVDに落とすために機械と格闘してました。20年以上も前に撮られたビデオテープ
は劣化が激しく、苦肉の策の上、ついに最新のDVDレコーダーを購入。

1歳、3歳、7歳、15歳…。
いろいろな時代のいろいろな私がいます。

それが予想以上に面白くて、ビデオに見入ってしまいました。
ブランコに乗って、お母さんにコトバを教えてもらってたり、
(「桂ちゃんおめめどこ?」と聞かれて、耳を指差し誇らしげに笑ってました。笑)
優しくしてもらったことなんて一度もない!と思っていた姉に抱っこしてもらってたり、
なくなったおじいちゃんの手にぶらさがっていたり。

なんだか主観的にみて、「自分はどうだったか」ではなく、
極めて客観的に、「自分どうだったか」というのがよくわかって、
胸が一杯になってしまった。

そこにあるのは、まぎれもない無償の愛。
本気で世界は自分のためにあるんだと思い込めた、盲目的な幸せの日々。


しかし、目は開かれなければなりません。


過去とは、もはや失われてしまった、遠い昔の物語。

でもその暖かさは、今も私を暖め続ける。


やがて、昔のビートが、風にのって聴こえてくる。
遠い音楽が現実に音を奏ではじめて、私の胸を打ちはじめる。ドン、ドン、ドン。

失われた物語は現実をなぞることはできないけれど、
それならば、失われてしまった空白の部分を、胸に抱いて生きていこう。


「愛はきっと奪うでも与えるでもなくて、気が付けばそこにあるもの」と、
ミスチルの桜井さんは歌っていますが、その言葉が今になって妙に心に響きます。

at 03:03│Comments(2)

この記事へのコメント

1. Posted by    2005年07月25日 10:58
ちょっと、誤解を招く言い方はやめなさいよ!(笑)二人で「だいじょうぶだあ~」を踊っていたあの仲の良さを思い出しなさい。笑った。大野姉妹のテンションの高さにはびっくりするばかりでした。
2. Posted by 桂   2005年07月25日 18:10
あれは確かにテンション高かったよね。しかも15歳の時のビデオもみた?やってることが3歳の時とまったく変わってなくて、ほんと面白かったよ。「バナナーバナナー」って超懐かしいし。
…そういえばこの前のカラオケも、基本的には何も変わってない気がする。
うちらって、成長してないね…笑

コメントする

名前
URL
 
  絵文字