愚者は経験から学び、賢者は歴史から学ぶチェ・ジュウ療法

2005年09月22日

空飛び猫

バイト先の支店長さんのお話です。
彼女はとても猫が好きで、同じく猫が好きな私は、
よく一緒に猫の話で盛り上がっています。

先日新しくチンチラを飼うことになり、

「支店長!今度うちにチンチラくるんですよ。
ライちゃん(支店長の猫の名前)は元気ですか?」

と切り出したら、

「ライちゃん、マンションの10階から落ちて死んじゃったの…」
という衝撃的な答え。思わず言葉を失ってしまいました。

なぜライちゃんは10階から飛び降りなければならなかったのでしょうか。
そんなことをバイト中取りとめもなく考えていました。


うちには現在、2匹の猫がいます。
一匹はアラスカ産の雑種のデナリ。もう一匹はもらわれっ子チンチラのスバルです。
デナリが最近年をとってきたなと感じ、数を数えたらもう8歳を過ぎていました。

猫が死ぬ。あの悲しみは、避けたくても避けられない。

耳をすませば、今も一匹の猫の鳴き声が聴こえてきます。

私は昔、「ふうた」という名前の黒猫を飼っていました。
彼は拾ってきた当初から冗談抜きで鼻水が垂れていて、くしゃみばかりしていた。
私はそのときまだ中学生で、彼ととても多くの時間を過ごし、多くの時間を過ごしてきました。
久しぶりに猫と過ごす幸せな日々は、ずっと続くと信じていた。

しかし、もともと体が弱かったこともあり、
彼はわずか8ヶ月で私のもとから飛んでいってしまいました。

突然ポコっとなくなってしまった空白の部分に、悲しみの雨が降る。

そのとき、泣いて泣いて泣き疲れ、ベットで死んだように眠っていた私は、
再び、まどろみの中で不思議な声を聞くことになります。

「僕は死というものを教えるために来たんだよ」

それを聞いたら、今度は感動して涙が止まりませんでした。

ふうたが死んでしまったことは、彼にとって一瞬であり、私にとって永遠です。

なぜ飛んでいってしまったのか。
それは「死」を教えるため、そして、ただ単純に私の心の中を飛び続けたかったから
なんじゃないかと、今になってそんな風に思います。
あの時、あのような形で彼を失わなければ、今になってこんな文章はきっと書かなかった。


私は私の中のふうたと一緒に、デナリとスバルを愛していきます。

ありがとう。

at 04:09│Comments(0)

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