2007年04月15日

同じ空をみあげる幸せ


近況報告という意味でブログを書くのは久しぶりです。

私は文章を書くのが好きなので、
言葉を前にすると、無駄に考えこんでしまうことも多くあり
あんまり片手間に書くのは得意ではアリマセン。

だから忙しくなると時間がなくて、
暇すぎると書くことがなくて、
更新が滞りがちになってしまいます。

文章を書いていると、滲んだ墨みたいにぼんやりとした毎日に
くっくりと濃淡ができることはちゃんと知っているはずなのに、
一旦ぼやけ始めるともはや境目をなくした日常は
輪をかけて滲んでいくばかり。

でも、それでもそんな私のくだらない戸惑いなんて
一掃されてしまうから、春の息吹は本当に偉大ですね。

そんなこんなで。




今は、大学院を無事卒業して、愛する逗子の地に戻っています。
おかげで都内に出るのは遠くなってしまったけれど
魂の奥底から逗子の空気に根付いてしまっている私にとっては
毎日とても幸せです。
逗子の風を抱きしめるのも、家で猫を抱きしめるのも、
「ただいま」といえるのも、「おかえり」といえるのも、
きっと自分が思うより、毎日を温かなものにしていたのだと思います。
おまけに、毎日都内までの道のりをたっぷり1時間かけて
本が読めるのも嬉しくて仕方ありません。

引越し作業は大変だったけれど、古い物をどんどん捨てて
自分に本当に必要な物だけを新たに詰めていく過程は
長年暮した家に戻るくせに、まるでそこから新しい人生が始まるようで、
本当に楽しかった。

仙川には仙川のよさがあり、暮らしがあり、温かさがあるように
逗子には逗子のよさがあり、暮らしがあり、温かさがある。

それは「住めば都」というような単純なことじゃなくて
もっと「私」と「その街」の間にしか存在しない、
特別な深い繋がりのような気がします。


たぶん、予想以上に居心地よく生まれ変わったこの部屋で過ごす時間は
この先の人生の中でそう長い期間じゃないかもしれないけれど、
それでも、私の中に少しずつ蓄積していく
この部屋でのかけがえのない時間は
きっと一生私の中に留まり、私を癒すことになると思う。



毎朝起きると、窓越しにいつも同じサイズの空が見えます。
ベットの位置を移動して、頭の真上に窓がくるようにしたからです。

たったそれだけのことなのに、140cm×170cmの小さな空が
無償に愛しくて仕方ありません。

毎朝目が覚めるとそこに空があり、
その空を見て、どうしようもなくクスクス笑ってしまう私がいます。

それは大袈裟じゃなくて、その1日をまた同じように
過ごせることを、生きているということを
心から感謝せずにはいられなくなってしまうような、そんな空。

空も人間も同じように美しいのだと、今心からそう思います。


at 21:42│Comments(0)

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