2006年10月

2006年10月29日

ワイルド・スワン

「ワイルド・スワン」という本をご存知ですか?

激動の中国を生き抜いてきた親子3代の史実です。

一行で書こうと思えばできてしまうこの説明の中に、
一体どれほどの痛みが沁みこんでいるのか
いくら想像しようとしても、ただ胸が引き裂かれるばかりでリアリティが全くない。

私がこの物語に関してあれこれ意見を述べるなんてことは
とてもできないけれど、ただ思ったのは、
無知とは本当に恐ろしいということです。

「何もしらない。だから知ろうとすることが大事だ」

なんて今までは思っていたけれど、
実はそう思うことで、私はむしろ本質から遠ざかっていたのではないだろうか。

自己満足で終わらせないためには一体どうしたらいいんだろう。
それを考えることでまた本質から遠ざかりはしないだろうか。

そんなことがぐるぐる頭を巡りはじめる。



昔から歴史は大好きだったけれど、
その理由はそこにロマンがあるからで、
実際の授業は「○○年に××で△△が起こりました」
というものの繰り返し。
だから一夜漬けで詰め込んだ即席知識は、
今も私の中に古ぼけた「点」としてしか残っていない。


でもそうじゃない。

私が今ここにいることはそうことでは全然ない。


いまさらだけど、初めて歴史とは「線」であり
その線は他でもない、この私に続いているのだ
ということを実感しました。


大切なのは、「真実を知ろうなんて格好つけた姿勢ではなく、
たった一冊の本を手にとる行動なのだ」と、
当たり前のことを改めて考えさせられた。


今回この物語の語り手であるユン・チアンという女性の目を通して、
彼女たちの人生がどういうものであったのか、
どのような時代を生き抜いてきたのか、
短くない時間の流れの中で、
一つの視点からみることができました。

この物語にこんなにも惹きつけられたのは、
それが現実に起こったことであるということと、
極限状態の中でも決して屈しない人間の強さ、
愛、崇高さを語っていたからです。

そして最後に一つの問いかけ。

もし本の中に書かれているような状況に私が直面し、
人間らしい生活のすべてを剥奪されたとしたら、
最後に私の中にも残るものはなんだろう。
果たして何者にも奪いされることのない何かが
私の中にも残るのだろうか。

答えはまだわかりません。


でも想像することが逃げないで、
彼女たちの経験が私にうったえかけてくる声に耳を澄まし
DNAよりも、魂よりも、深く深く
心に刻みこみたいと思います。


・・・と、この文章もずいぶん前に書きました。
本を読み終わったばかりで、幾分か温度が高めですが、

ようは何がいいたいかというと、

「オススメの本なので、是非読んでみてくださいまる

ということです。

我ながらずいぶん熱く語ってしまって、すいません。笑


at 15:39|PermalinkComments(0)

2006年10月28日

永久運動する好きと嫌い

突然ですが、「啓示」という単語を辞書で調べると、
以下のようなことがでてきます。

-------------------------------------------
けいじ 0 【啓示】
(名)スル
(1)明らかに表し示すこと。
(2)人の力では知り得ないことを神が教え示すこと。
-------------------------------------------

ここに書いてあるとおり、普通、啓示とは
自分の能力や判断を超えた力によって、
なんらかの気づきが与えられることで、
どちらかといえばオカルトちっくな文脈で使われることが多いと思う。

でも今日、ソレは神からだけではなく、
生身の人間からも与えられることを、改めて実感しました。

幸運なことに、私には困ったとき、
いつも非常に建設的な助言を与えてくれる人がいます。
でも、助言は助言であって啓示ではない。

今まではそう思っていました。

でもそうじゃなかったのです。

というのも最近、彼の助言をするタイミングが神がかってきたからです。
私が一番ほしいときに、必ずソレはむこうからやってくる。
何も言ってないのに、どうしていつもわかるのか。

「彼は一体何者なんだろう」なんて、それこそオカルト的な領域に
踏み込みそうになったけど、そんなんじゃなくて、
ましてや何者でもなんでもなくて、ただ単に本当の意味で人を
大切にできる人なのだと思いました。


・・・と、この文章を書いたのは少し前のことですが、
人生はやはり人との出会いだと改めて思います。

彼が私にとって啓示的人間だからって、別に彼を
崇めているわけではないし、ましてや、いつもは刑事みたいに怖いので
なかなかこの気持ちを持ち続けることは難しいけれど、
彼への感謝を再び忘れかけていた今、昔のメモを見たのも
きっと何かの縁なので、この期にアップしてみます。

振り返ってみると、そこには確かに「想い」があった。

本当だったら自分に啓示を与えてくれるような人間は
いつも変わらず「好き」なはずなのに
どうしても手放しで「好き」といい続けることができない。

どうしてなんだろう。

もしかしたらそれは、自分の中にある何かが
彼の中のある種の「原型」を切望しているからなのかもしれません。

こういう言い方って難しいかな。

つまり体の奥底にある自分の肝のような部分が
ただそうなりたいのだと私に訴えてくるのです。
だから彼ではない自分が時々すごくもどかしい。


そういえば昔、もう一人だけ同じようなことを感じた人がいました。
こういうのって、あるいは「ただ単純に君の事すきなのさ」的な
世界なのかもしれません。笑

好きだけど、嫌い。
嫌いだけど、好き。

こんな永久運動みたいなシンプルな想いが
今日も行ったり来たりです。


at 15:36|PermalinkComments(3)

2006年10月25日

歯についての印象的な話

だいぶ前だけど、以前このblogで歯が抜ける夢をみたことについての
文章を書きました(前の記事はこちら)。

印象的な夢だったので書き留めておいたのですが、
今回みた夢はもっと印象的だった。
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at 00:04|PermalinkComments(3)

2006年10月12日

アイン物語

ブログで告知したからには、一応結果報告。

15周年記念演奏会は無事終了しました。


s-horn.jpg
img20061013_1.jpg
         マーラー総勢ホルン10名                            全員集合写真 続きを読む

at 02:05|PermalinkComments(2)

2006年10月08日

ブログで告知するの忘れてた。
メンバーがみんな慌てて告知しているので、私も便乗してみよう。

突然ですが、

10月9日(月・祝)に演奏会やります。


私は大学時代にオーケストラサークルでホルンを吹いていました。

そのオケの15周年記念演奏会が今度の月曜日に開催されます。
現役生からOPまでごったまぜ。総勢120人以上で本番に臨みます。


音楽との出会い、オーケストラとの出会いは
私の人生をものすごく豊かで広がりのあるものとしてくれました。

大学生活を振り返ってみると
そこにはなにはなくとも、音楽があった。
(ってゆーか音楽しかなかった)

大学に入ってから初めて本格的に音楽をやり、
体の中で音が響き始めた時から、
私は本当の意味で生きているような気がします。

いつもどこかで感じてる。

忙しくても、しんどくても
私の帰る場所はここだと思うし、
ここでありたいと思います。

そこは、言葉に縛られた感情を解放する場であり、
形をつくらない言葉に意味を与える場であり、
私を守り、温め、育み、生かす。

その全ての感謝せずにはいられません。
今までの感謝の気持ちを込めて、愛を込めて、
本番頑張りたいと思います。

もしよければ是非聞きにきてください。


▼以下演奏会情報
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慶應義塾アインクライネスオーケストラ15周年記念演奏会
日時:2006年10月9日(月・祝) 14:00開演
場所:パルテノン多摩 (各線 多摩センター駅)
曲目:ベートーヴェン「エグモント」序曲 
   ドヴォルザーク「真昼の魔女」
   マーラー交響曲第1番「巨人」
指揮:河地 良智
チケット:全席自由(無料で差し上げます)
お問い合わせ:eko15th-bach@octune.org
公式HP:http://www.einkleines.com/jp/Concert/etc/15years/index.html

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音楽は光だ

影を照らす光だ

私を守り、温め、育み、生かす



at 01:22|PermalinkComments(4)